世界に抱擁されている感覚
光と影の調和した午後だった。忘備録として連ねておく。
午前、早起き。有楽町で映画を観て、午後は本郷三丁目に向かう。朝はそれなりの土砂降りで、カメラが濡れてしまわないように歩いたからリュックが濡れてしまった。肌寒い11月、ポートレート撮影をするのは被写体の方がかわいそうだと不安に思った。ビニール傘を選んだのは、僅かな光を通すための小道具にしようと思って持っていた。
その日写真を撮ることになっていたのは、川野芽生さんという方で、第 29回歌壇賞を受賞された。紙面に乗せる写真を撮るということだから、責任は重大だ。自分の持てる想像力をかき集めて、会うまで色々なことを考えた。
きっと透き通るような姿で、言葉でもって美しく闘っている方なんだなと思った。
映画で半分以上はウトウトしてしまった。やりきれない現実をやり過ごすため、夢と現実を往来する少女の物語だった。わたしも夢と現実を往復しようと思って、ウトウトした。目を覚ますと少女は現実をようやく受け入れて、声を上げて泣き、今まで溜め込んでいた感情を一気に表出していた。半分以上まどろんでいたけれど、そこで涙が出る。
映画館を出ると傘をさす必要がもうなかった。
少しだけ曇っている。フラワーショップで小物として使うお花を探す。どうせなら受賞おめでとうございますと、景気よくバラの花束を渡したかったけれど、何故だかバラの花がしっくりこなくて、白いアーチ状の花を一本買った。
撮影場所を探しに、メトロで本郷三丁目へと向かう。地上に出ると、晴れ間が広がっていた。空気が新しい。 大学の構内は雨上がりの青空の中、思い思いに過ごす人であふれかえっていた。湿った葉っぱと、濡れた土と、降り注ぐ光と、古くからそこにある建物と、それをデッサンするおじいさんたち。セルフィーを撮る観光客、祝日を楽しむ親子連れ、お湯を沸かす警備員。
どういう訳かその日の午後は、光の加減とか冷たい秋の空気とか、何もかもが完璧な一日だった。言葉と写真を通じて川野さんと巡り会え、時間を共有出来たこと自体が、私はこの世界で祝福を受けているような心地がした。
「自分が幸せだと強く感じた瞬間。美しい景色を見た瞬間でも、人の優しさに触れた瞬間でも、どんな瞬間でもいい。目を閉じて、幸福に満ちた感覚を全身で感じるんだ。そして、その感覚を身体に閉じ込め、自分の一部にする。感謝の気持ちを込めてね。そうすると、時が経っても、その感覚を思い出せるんだ。」 深海菊絵著『ポリアモニー 複数の愛を生きる』より
「その感覚」を自分が如実に思い出せ、それを他者と共有できるようなものを撮れるようになりたい。