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時々思ったことを書いています。

服/バングラデシュ/労働

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同居人は衣装作家だ。

フリーランスとして舞台の衣装を作っている。息を吸うように手を動かし、時々お茶を淹れて休憩を挟み、再び作業場へ戻る。私はいつもコタツに入りパソコンで作業。彼女は音楽が好きで口笛や鼻歌を交えながら手を動かし続けるのだ。

(人間目指している方向が違えば、これ程までに生活が異なるものかとしみじみしている。)

 

上京してから一心に服を作り続けてきた彼女の仕事、仕事部屋、仕事道具をこっそり尊敬の目で見つめていることをここで明らかにしておく。


私たちは5人くらいで一軒家に住んでいる。コタツのあるリビングで皆の時間が合えば、他愛もない話をして毎日を過ごす。美味しい食べ物の話だとか、兄弟は何人だとか、好きな人はどんな人なのかとか、仕事はどうだとか、色々。

 

そういう類の話をしていた時だったと思う。私が衣装作家の彼女に「バングラデシュの縫製工場で取材してみたいんだよね」と何気なく話を振った。すると彼女の眼光が鋭く光って、“ダッカ近郊ビル崩落事故”の写真の展示を見に行った話を教えてくれた。彼女はその写真を見て、涙が止まらなくなったと言い放つ。

 

私は正直、彼女がなぜそこまで心を動かされたのか分からなかった。でもその違和感が喉につっかえて、バングラデシュの縫製労働に関する記事を読み漁った。

 

ここでは断片的な情報を並べることしかできないが、女性行員たちは生活や家族の為に、月収三千円から四千円程度の給料で過酷な労働を強いられている。なんといっても外資企業がバングラデシュに工場を建設するメリットが、安価で豊富な労働力なのだから。男性の監督者から性的な暴言、暴力を受けた事例も存在する。バングラデシュの猛暑、機械から発される熱気の中、休憩もろくにとることは出来ない。

 

先進国の消費者はそういった暴力とは無自覚に、“安く・手軽で・お洒落な”服を求めつづけた。顔の見えない欲望が積もり積もった結果だろう。2013年4月24日8時45分にラナ・プラザビルが崩壊した。もう4年も前の事件だから私たちは「あぁ、あのビルが崩れた事件ね」と、忘却している。1000人以上が下敷きになって命を絶ったのにも関わらず。生活のためとはいえ、“安く・手軽で・お洒落な”服を購入した私たちにこそ罪があるのに。

 

誰かを想いながら衣装を作る彼女と、誰が着るかも分からない服を縫い続けているバングラデシュの女性たちは、服を作るという本質を通じて同じ人物だ。仕事中にビルが崩壊し生き埋めになるということは、彼女が死ぬことでもあると感じられた瞬間、途端に胸が痛くなった。

 

店頭に並ぶ"Made in Bangladesh"の服は、まっさらな顔をして、きれいに無個性に陳列されているだろう。しかしそれらは機械で作られたのではない。血の通った女性が明日を生きるために作った服なのだ。購入して1シーズンさえ着ることができれば捨てるのも惜しくないその服は、彼女たちの肉体的・精神的犠牲の上に成り立っている。